アウトドアジジ

2分で読める? アウトドアのアクティビティ、道具、自然に関するブログです。

余計な口出し

情報過多

どの世界でも頭デッカチで実践には役立たないという人がいるものです。アウトドア好きのアメリカ人にも結構多くて、ユーチューブや専門書で勉強しすぎて十分に安全と思われる手法に現場でいろいろと口をはさんでくる輩も少なくありません。なるほどと納得して感謝してしまうことも無きにしもあらずですが、大きなお世話ですと不快に思うことがあるのも事実です。情報過多で実践的ではないのです。

 

ロープを使う岩登りやアルパインの技術には同じ目的にさまざまな手法があります。状況に応じて使い分けるのが大切ですが、いろいろな手法を知っているよりも確実な一つを身につけていることがもっとも大切です。そもそも頭でっかちな人はアメリカ高等教育のあまりにもアカデミックな悪影響を大きく受けているようです。教育や研究の分野では常に奇抜なアイディアが注目され、時には物事の本質を見過ごしてしまうことがあるのです。

 

後続者を確保するために時間をかけて複雑に支点を繋ぐことより、メインロープ一本で即座に支点を確保することが必要とされることもあります。勉強しすぎでいろいろな手法を知りすぎていることで、時には素早く登ることがもっとも安全であることを忘れてしまっているのです。現場で経験を積んだ登山者ならこんな手法は不必要と判断できることが、頭デッカチでアカデミックな登山者は「そんなやり方は危ないよ」といって口をはさんでくるのです。

 

興味深いのがユーチューブなどで上がっているイギリスのクライミングハウツウ動画です。アメリカの動画にある手法に比べてはるかにシンプルで実践的な技術です。暇な登山愛好家やアカデミック過ぎる団体がいろいろ考える、時には複雑でバカバカしい手順ではなくて、素早く使えて覚えやすい技術です。勉強のしすぎで情報過多になって応用力を失い実践的な手法が間違って見えてしまうのです。

 

同じような状況は初心者にも多く見られます。現代ではあまりにも多くの情報にさらされているため酷い思い込みをしている場合があります。不必要な道具をたくさん買い込んだり、ネガティブな情報で不安にかられていつまでも登りたい山に行けないことが起こります。時には何も知らないことが成長につながることを忘れてはなりません。

 

いろんな情報を知っていることは確かに大切なのですが、先輩から伝承された経験に裏付けされた技術をすべて捨て去るべきではありません。現場で山の大先輩から受ける助言ならなるほどと納得して成長できることも多いのですが、勉強しすぎの頭デッカチでは柔軟な対応が難しくなってしまいます。そしていろいろと他人事に口をはさんでくるのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンプレッションサック

便利?でも使わない

山登りやキャンプの道具にはいろいろと便利なものがたくさんあります。ところが「別になくてもイイヤ」というものも多くて、実際に使ってみるとけっこう不便というものあります。便利さというのは個人の好みや遊び方のスタイルが影響しているようですね。私が「別になくてもイイヤ」と考える道具の代表がコンプレッションサックです。

 

コンプレッションサックとはかさばる寝袋や防寒着を袋につめてストラップで締め上げて小さくするためのものです。もともとアメリカでは寝袋をバックパックの下にぶら下げて歩く習慣がありました。今では殆ど見かけないあの背負子のようなエクスターナルフレームのバックパックです。インターナルが主流になった今でもアメリカ人はかさばる寝袋をパックの中に収めることに抵抗があるようです。だからなるべく小さく収納したい願望があるのです。寝袋はパックの外側にぶら下げたいのが本音なんです。

 

コンプレッションサックはバックパックが小さい時には確かに重宝しますが極端に締め上げられた袋は硬くて丸いボール状になって逆に収まりにくくなってしまいます。持っていく道具がバックパックに収まらなければパックを大きいものに変えるか、道具を減らすか、またはコンパクトなものに変えるのが基本です。寒い朝にかじかむ手で寝袋を長い時間をかけて小さな袋に詰め込む作業は苦痛だし、固くて丸くなった寝袋はかえってパッキングが難しくなってしまいます。

 

メーカーとしては商品がお店に並ぶ時に見た目がコンパクトなら売りやすいという理由で収納袋を小さくする傾向があります。カサが減らせば材料や流通コストも削減できるのですが、やたら小さい袋に詰められたテントなどは撤収時には不満が爆発するのが常です。テントやスリーピングパッドでは最近ようやく大きめの袋が付属するようになってきて不満が解消されつつあるのですが、未だに寝袋にはコンプレッションサックが人気で初めから商品に付いてくるもの少なくありません。

 

暖かくて軽いもの、そして小さく持ち運びできるもの、人々の贅沢な願望が山登りやキャンプの道具を発展させてきました。一見すると便利で価値がありそうでも、いざ使ってみると「別になくてもイイヤ」ということになって騙されたことに気づくのです。多少嵩張っても重くても長持ちするものが一番です。そして小さく軽く便利なものが欲しいなら惜しみなくお金をつぎ込むことが大切なのです。超高価な高級羽毛の寝袋ならコンプレッションサックは不要です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サンダル登山

理想的履き物

地元3千メートル峰、といっても比較的たやすく登れる山なのですが、その山頂で短パンにサンダル履きで登ってきた若者に会ったことがあります。夏も終わり寒くなり始めた季節だったと記憶しています。サンダル履きは日本なら入山禁止とされる山もあるようですが、あくまでも自己責任です。人に迷惑をかけなければ何でもありなのです。

 

無謀登山と非難されるサンダル登山なのですが、先日たまたまのぞいたYouTubeのビデオでその利点になるほどと納得してしまいました。靴を履かないので足が蒸れない、靴擦れができない、防水能力とは無関係、水に直接入れる、濡れてもすぐ乾く、小石が挟まってもすぐに取り出せる、靴下も基本不要など優れた特徴があるのです。足さばきも多少慎重になるので怪我の可能性もトレランシューズや登山靴と変わりないということです。さらに擦れたり破れたりする箇所がないので耐久性が高いのです。

 

いろんな優れた特徴があるなかでもっとも期待できるのが素足感覚の健康効果です。前回ブログにも上げたように足指から土踏まず、足首に至るまで足部全ての筋肉を使用、そして刺激して膝、腰、背骨、首など体全体の健康維持に役立つということです。青竹踏みをしながら山に登っている状態です。

 

頑丈な皮革でつくられた昔の登山靴はまずサイズ選びが大変でした。高校生の頃、初めて専門店で購入したときは店員さんが教えてくれた全てのことが勉強になりました。当時は靴下2枚が常識、靴紐の結び方、手入れの仕方など勉強しなければならないことがたくさんあったのです。今でも重い荷物を背負う長期縦走や冬山登山での山靴ではそういう知識が必要なのですが、無雪季のサンダル登山ならそういう知識は無用なのです。

 

とはいえ、ヨチヨチ歩きから靴に慣れ親しんできた現代人にいきなりサンダル登山は困難なようです。少しずつ足をならし、皮膚の角質を育て、足さばきを鍛錬しなければなりません。訓練を積んだサンダル履き登山者増えれば無謀登山と非難する声は減り、多くの人達が羨望の眼差しでベテラン登山者として敬う日々が来るかも知れません。

 

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ベアフットランニング

裸足の効力

 


先の大戦で日本軍が米兵を捕らえると真っ先に靴を脱がせたと聞いたことがあります。米兵は裸足になると歩けないので逃亡を阻止するためです。下駄や地下足袋で素足感覚に慣れていた日本人でも今では欧米人のように裸足になると歩けないのが普通です。ところが最近、裸足で山道を歩いていたり、トレイルランニングをしている人をたまに見かけるようになりました。

 

本来、人間の足は地面の凹凸を足指でしっかりと捕らえて歩いたり走ったりする仕組みになっています。現代人は靴に慣れすぎ足が本来持っている機能を失い、さまざまな足の障害をかかえるようになりました。そういう中で裸足や素足を見直そうという動きが高まってきています。

 

火付け役となったのがクリストファー・マクドゥーガルが書いた「Born to Run」という本です。メキシコの山岳地帯に暮らすタラウマラ族は裸足や古タイヤで作った貧相なサンダルで普段の生活で何十キロも走り続けます。ここではララヒッパリという200キロほどにもなる伝統のある過酷なレースも行われます。マクドゥーガルはタラウマラ族が裸足やサンダルで怪我や障害に関わりなく走り続けていることに驚き、ベアフットランニングという新しいトレンドを広げていったのでした。裸足で走ったり歩いたりすれば足の健康が保たれるということです。

 

近隣公園の地道を裸足で走る女性は壮年の小柄な女性です。初めて見かけたときは流石に驚きました。忍者のようにすたすたと軽快な足運びで坂道を駈け上がっていったのでした。本格的な登山道で会った若い男性はゴツゴツした岩が露出した地面をごく普通に歩いていました。他人が裸足でいるのを見かけるのは温泉や銭湯に海水浴ぐらいで、ハワイのお店では入店さえできません。山道を歩く人が靴を履いていないのは異常事態なのです。

 

高齢になると様々な障害が足部に現れ快適な歩行が難しくなってきます。さらに状態が悪化すれば歩くこと自体が困難になってきます。足の骨は28個もあり複雑にからみあって衝撃を吸収したり力を伝達して体のバランスを保っています。足部の不調は膝や腰に広がり、首や背骨にまで影響が及んできます。

 

一生にわたって靴を履き続けければ足部の筋力が低下し足指が変形していきます。子どもの頃から素足で過ごし、大人になってからも裸足で外を歩き回っていれば、高齢者がかかえる足の障害は大幅に改善されて来るのかも知れません。ずっと若い頃から素足感覚を大事にしていれば扁平足の私でも外反母趾に悩まされることはなかったかも知れません。

 

*書評にも見かけられるようにAI翻訳みたいで確かに読み難いかもしれませんね。私はまだ読んでいません。

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敷居の高い山岳会

砂の女

 

「 砂の女 」という映画をご存じでしょうか。砂丘にある部落に誘い込まれ、理不尽な村の習慣に閉じ込められてしまう男を描いた映画です。ある意味、田舎移住した都会人の悩みと共通するテーマだったような気もいたします。山岳会や山岳部などには絶対に所属したくない今の登山愛好者たちにも関連するテーマかも知れません。

 

「 砂の女 」で主人公の男が閉じ込められたのは実は砂の壁に囲まれた蟻地獄の底にあるような一軒家です。そこには女が一人で住んでいて部落民たちに助けられながら何とか生きていたのです。男は部落の慣習や制度に縛られて困難な日々を過ごしていくうちに最後には新しい生きがいをそこに見つけしまうという話です。

 

昔は登山技術を効率的に学ぶには山岳会や山岳部に入るのが最良の手段でした。厳しい先輩や面倒な規則に服従して技術を学んでいくのが普通でした。ところが最近はネットなどの発達によって様々な最新情報が容易に得られるようになり、さらにガイドやスクールも一般的になってきました。村社会のような山岳会や山岳部に入らなくて楽しく技術が学べるようになったのです。

 

とはいえ日本人のサガ、初めはどんなに居心地が悪くても一度溶け込んでしまうと「砂の女」の主人公のように心境が大きく変化してしまいます。少なくとも昭和の時代はそうでした。会社でも山岳会でもそうやって人々が成長してきたのでした。今ではスマホで育った世代が増えて中高年でも人との交流が苦手な人が増えてきました。他にもいろんな手段がある中であえて山岳会に入会して知識や経験を磨いていくのは思い切った決断が必要とされているようです。

 

昔の山岳雑誌には山岳会の求人広告が目いっぱいに掲載されていて「さてどの山岳会に入会しようか」と大きく頭を悩ませたものです。将来はヒマラヤで先鋭登山に挑戦したいと思えば入会条件もきびし山岳同志会や東京緑山岳会だったし、気楽に山を歩きたいという人は町の小さなグループを訪問して気が合うかどうか確認することもできました。登山を始めるには知らない人と交流を深めることが第一歩でした。

 

今の世の中、山岳会に入会するのは都会暮らしをあきらめて田舎に移住するほどの大きな決断がいるのかもしれません。敷居が高い山岳会でもひょっとしたら上手く馴染めて新しい発見や貴重な体験がたくさんできるかもしれません。もっとも山岳会自体の選択肢がだいぶ限られてきてしまいました。

 

* 安部公房の小説が原作です。

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秩父川浦谷渓谷

深山幽谷


私が山を歩き始めたのは高校生の時でした。自宅最寄り駅の沿線だった奥武蔵や秩父の山から歩き始めました。少し慣れてくると一人でテントをかついで泊りがけで出かけるようになったのです。人生2回目のテント泊山行は秩父から県境の長沢背稜にある酉谷山を目指すコースでした。ちなみに初めてのテント泊は武甲山でした。

 

当時の高校はまだ土曜日には半日授業があり、帰宅して準備をして登山口の最寄り駅に着いた時はすでに日が暮れていました。寂しい山村の集落を抜け、不安をかかえて真っ暗な林道を歩き終えてようやく登山口に到着しました。林道の終点には小屋があり明かりが漏れていて、挨拶を済ませテントを設営しました。小屋には山作業に来ている人達が何人か棉入り半てんを着て酒盛りをしていました。髭面の薄汚い男たちが暗い小屋の中で酒盛りをしている様子はうぶな高校生の私は何やら近づきがたい異様な雰囲気を覚えました。

 

このコース選びに参考としたのは古い奥秩父のガイドブックでした。だいぶ以前(1967年)に埼玉県で開催された国体の登山競技で使われたコースだったようです。しっかりとした登山道のはずがもともと登山客には人気のない山域、数年経過すれば荒れ放題です。消えかけた登山道には落ち葉が大量に積もり、急峻な沢筋のトラバースに架けられた木橋は朽ちかけていました。しかもその木橋は薄暗い森の急斜面を永遠と続いていくのでした。谷底には白い飛沫を上げる滝や深いゴルジュが目に入ります。一人で歩く登山初心者の高校生にはかなりの不気味な光景でした。

 

川浦谷上流の森林地帯には人の気配はまったくなく、不明瞭な踏み跡をたどればただ自分がかき分ける落ち葉の音だけが響き渡ります。頭上を音もなく小さな鳥がかすめ、前方の木の枝にとまりました。背中を向けて小枝にとまったその小さな鳥は首を思い切り回して私の方を振り向きました。暗い森の中で小さなふたつの目が私を睨みつけています。スズメよりは少しは大きい小さなフクロウ*でした。

 

心もとないかすかな踏み跡はやがてつづら折れとなり小さな峠に登りつきました。そこには朽ちかけた道標があり牛首と示されてありました。ようやく自分がどこにいるか判明して県境である長沢背稜を超えて奥多摩側に無事下山することができたのでした。陰鬱な秩父側から明るい日差しが降り注ぐ奥多摩側に入れば今までの不安な気持ちもあっという間に消え去ってしまいました。家に帰り着くと母が「ずいぶと山臭いわね」と呆れていました。私がどんな冒険をしてきたかも全く気にしていませんでした。

 

*小さなフクロウとは日本最小のコノハズクです。声のブッポウソウです。

*表題写真は無料写真サイトからの転載です。

 

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フリーズドライ食品

最強の山メシ

山で食べる簡単なものといえば、やはりコンビニ買った弁当やおにぎり、サンドイッチにカップ麺といったところでしょうか。長期縦走となれば綿密に食糧計画をたてて軽量化や効率化を図らなければなりませんが、そういう時に便利なのがフリーズドライの食料です。

 

お湯を注ぐだけで簡単に本格料理が楽しめるフリードライの食品はまさに登山のために開発されたように思われますが、実は大昔から日本の伝統食にも見られます。寒天や高野豆腐のことですよね。ジャガイモの原産地でもあるアンデス地方では主食のジャガイモを夜の厳しい寒気で凍らせ日中の激しい日差しで乾燥させたチューニョという保存食が太古の時代から食されてきたということです。

 

大量の輸血が必要とされた先の大戦では血液のフリーズドライ製法も開発されて多くの命が救われたたそうです。とはいえ細菌感染のリスクなどが高く安全性を高める研究が今でも進められているようです。新鮮な血液の輸血でもためらう人がいる中で、長期保存された他人の乾燥血液をインスタントコーヒーのように水でサッと溶かして輸血してもらうのはちょっと気持ちが悪いですよね。

 

アメリカのアウトドアショップに行くと様々のフリーズドライフードが販売されています。朝食のスクランブルエッグから定番のマカロニチーズ、カレーやスパゲティーはもちろんエスニックなタイ料理や韓国風料理まであります。さすがにお寿司や肉じゃがはありませんがかなりの選択肢です。もちろんデザートもアイスクリームからチーズケーキまでたくさんの種類から選ぶことができます。

 

カリフォルニアのシエラ山脈で数々の単独登攀を成し遂げた著名なクライマーのガイドブックに山に持って行く食料についてコメントがありました。「訳の分からない食品は持って行くな、普段から食べ慣れたものを持って行くのが一番だ」というのです。いつも食べているブリトーやサンドイッチのことでしょう。軽くて簡単という理由で口慣れないフリーズドライ食品では力が出ずに体調も悪くなるということです。

 

ヒマラヤの遠征で毎回インスタントラーメンをすすっている日本人クライマーを見て驚く欧米人クライマーも多いそうですが、栄養価やカロリーの話は抜きにして日本人にはインスタントラーメンが最強の山メシかもしれませんね。ちなみにフリーズドライ食品を製造する会社の最大のお得意先はラーメンなどに入っているネギなどの乾燥野菜だと聞いたことがあります。