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西上州叶山

 

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桃源郷の廃屋


西上州の山々は奇怪な岩峰と深い藪で関東周辺に住む山好きの人たちには通好み山域として知られています。奥多摩や丹沢、奥武蔵や奥秩父のような人気はなく、名が知れているのは石灰岩のクライミングで有名な二子山くらいでしょう。その隣にあるのが叶山で、巨大な地球儀のような大石が挟まった滝が珍しくて何十年も昔の学生時代、秋も終わりが近づいた季節に登りに行ったことがあります。

 

若い頃からズボラな私は山行記録はほとんどつけていないので、残っているのは数枚の写真だけです。牢口ルンゼと呼ばれるその沢の遡行が困難だったのか容易だったのか、アプローチを含めて記憶がまったく飛んでいて、こういう山行もかなり珍しいものです。ただ鮮明に思い出すのは登り切った先にはちょっとした平地が広がり、そこには廃屋があって中に入ると古いカレンダーや雑誌、鍋や食器などが残されていて、こんな山奥につい最近まで下界で見られるような普通の家に人が暮らしていたことにたいへん驚いたのでした。

 

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叶後から眺める牢口ルンゼ



狭くて暗い神流川の谷底から見上げる急峻な藪山の奥に、人が密かに暮らしていた思うと平家の落人伝説もまんざら嘘ではないように感じてしまいます。戦後しばらくはそこで生活を続けていて、炭焼きや養蚕を営みながら畑を耕し暮らしていたそうです。山奥の一軒家というのは普通、町から続く街道のどん詰まり付近に点在するものです。ところが叶後と呼ばれたこの平地に到達するには何時間も山道を辿ってこなければなりません。もちろん牢口ルンゼは歩いて登ってくるわけにはいきません。むしろ高い岩壁に挟まれた牢口の暗い切れ込みを叶後のこの平地から眺めれば、この世の終わりを予感する不気味な景観に驚愕してしまうのです。

 

叶後の景観自体は小川も流れる明るい桃源郷なので、それなら行ってみようと思う人もいるかもしれません。残念ながら叶山は全山石灰岩秩父太平洋セメントの採掘が進み山頂は平らに削られ今は見る影もなく、叶後も採掘現場となってしまいました。露天掘りで採掘された石灰岩は細かく砕かれて、何と23キロにも及ぶ地下ベルトコンベアで秩父市まで運ばれるそうです。石灰採掘で有名な武甲山の場合は少なからず山頂も残され登山を楽しめますが、叶山はもう山自体が消滅しようとしています。秋の落ち葉に埋もれ人里離れた桃源郷に残された一軒の廃屋、再訪はもうかないません。

 

二子山西峰、叶後 廃屋の写真が見られます

https://www.enaa.or.jp/GEC/nec/html/nyokai/sk07-8.pdf 地下ベルトコンベアの様子