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入山の自由

 

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日本人の道徳心


山好きグループのSNSを眺めていると「山に人が多すぎて何とかしなければなりません」という投稿を時々目にします。心無いハイカーや登山者が多く訪れてゴミが散らかり、登山道の整備などにも負担が増し自然環境の破壊が進んでいる、これからはもっとしっかりと管理をしていかなければならいという意見です。入山者数の制限が一番の対策だと考える人も多いようです。残念なのは、自然環境の保護を心配するばかりに自然を楽しむ自由を自ら捨て去ろうとしていることです。

 

私は海外在住で、こちらでは多くの地域で厳しい入山規制が行われています。日本の山はたまにスキー旅行で帰国したときに雪山を少し登るくらいで無雪季の日本の山はだいぶご無沙汰です。それでも皆さんの写真やビデオを見る限り私が学生時代によく登った40年前ほどと大きな変化があるようには思えません。当時から夏のシーズンには山は人だらけ、山小屋は超過密、互い違いに寝て知らない登山者の足が鼻先にある状態で寝たこともありました。もちろんテント場も遅く到着すればやっと見つけたひどい傾斜地に設営するのが常でした。入山規制などせずにずいぶんと長い間にわたって(たぶんこれからも)日本の山の美しさが保たれてきたのは日本人の高い道徳心によるものだと考えます。

 

道徳心、つまりモラルについても最近はひどく低下しているという人も多いです。でも考えてみてください。東京や大阪の大都市、地方都市や田舎も含めてどこへ行ってもゴミが目立つことのない国は日本だけです。地下鉄サリン事件以来、駅や街角からゴミ箱が撤去されにも関わらず街の清潔さは以前のままです。駅のトイレでも清掃員の方々が便器の中までゴム手袋で丁寧に拭き掃除をしてくださります。いくら仕事とはいえ海外では考えられません。私が通った中学校の先生は校内のどんなに小さなゴミでも生徒に強要するばかりでなく率先して自ら拾いお手本を示しました。海外では学校や職場の清掃は業者委託が当たり前です。長い伝統で育まれた日本人の高いモラルはそう簡単に低下してしまうものではありません。

 

入山規制は確かに手っ取り早く山の保全につながることでしょう。しかし、環境保全を効果的に実行するには厳しい規制が必要です。高山植物雷鳥の完璧な保護などには山小屋の営業停止をともなう入山禁止などの処置が必須です。行政による管理が不可欠となり罰則規定も設ける必要があります。逆に、規制のない所では何をして良いということになり、モラルも少しずつ低下していってしまうことになります。日本では現実的にそのような規制は無理で、多少の入山規制や入山料の徴収をしてもそれほど大きな効果が期待できるとは思えません。

 

私有地でなければ入山の自由は国民の権利です。行動の自由を束縛することはできません。環境保護に厳しい人もゴミを散らかす人も同じ権利が保証されています。国立公園法の制定で入山の自由を失った多くのアメリカ人達は行政の規制無しでは自然保護はできないと考えます。コロナ渦のロックダウンで無料開放したアメリカの国立公園はとんでもないことになってしまいました。しかし、そういう中で力を発揮したのが自主的なコミュニティの努力です。外圧的な規制が必ずしも必要でないことを証明しました。自由を守るには大きな努力が必要です。そんな努力を惜しみ安易に行政の介入を許し自らの権利を失ってしまわないようにしなけらばなりません。

  

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カリフォルニアのジョシュア・ツリー国立公園は コロナ渦で政府機関が閉鎖したときに公園を無料開放としました。ところが多くの心無い人達が訪れ公園が荒らされました。地元の街ではボランティアが協力してゴミの撤去やパトロールなどを実施しました。ビデオの中でボランティアの女性が誰かがパトロールをしたり管理をしなければならないといっています。日本でも誰かが監視していないと荒らされてしまうのでしょうか?