アウトドアジジ

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衝立岩墜落

臨死体験

 


私は若い頃から山登りを始めたのですが、けして一生を通じて山に没頭してきたという訳ではありません。それでも老齢になれば想い出深い山行をたくさん経験したことになりました。とりわけ青春時代での山の出来事は一生忘れることのない経験です。その中でも強烈な記憶として蘇ってくるのが高校生の時に挑戦した谷川岳衝立岩の山行です。

 

衝立岩のルートはアブミのかけ替えで登る人工登攀が中心です。フリークライミングが全盛の今のクライミングから見れば安直な登攀かもしれませんが、岩場の条件や天候などを考えればけして容易で快適なクライミングとはいえません。アブミをかけるピトンは数多くの再登者たちによってまるで雨後のタケノコのように岩の割れ目に無数に打ち込まれていて、そのどれもが不安定でどれを選ぶか迷ってしまうのです。不覚にも私は不安定なピトンにアブミをかけてしまい、次へと手を伸ばした瞬間にそのピトンは抜け落ちてしまったのでした。

 

古典的なグリップビレイで私のフォローを確保していたパートナーは即座に私の墜落を止めることができません。私は一瞬何が起きたのか理解できず気がつけば眼の前の岩壁がもの凄いスピードで上部へ流れ去って行くのでした。その瞬間は今でもはっきりと記憶しています。墜落の状況を理解した私は両親の顔はもちろん、それまでの人生の記憶全てがほんとうにその一瞬のうちに蘇ったのでした。墜落した時間は3秒くらいだったかもしれませんが、気がつけば私はオーバーハングに宙吊りになる状態で停止し怪我は全くありませんでした。

 

一瞬で蘇った人生の記憶で若いながらも死ぬ時はこういうものなんだと妙に納得してしまい臨死体験は実存すると感じてしまったのです。必死で墜落を止めてくれたパートナーの指先は流れるロープの熱でえぐられてしまいました。今、思えば、ロープが流れてしまったからこそ不安定な支点も崩壊せずにすんだと胸をなでおろしているのです。「落ちる時は声を出せよ」は彼の言葉でしたが、臨死体験が強烈で悲鳴を上げたかは記憶にありません。オーバーハングで声が届かなかったのかもしれません。